2022年7月28日木曜日

負の連鎖を砕くもの

  子育てのさなかにあったとき、「子どもというのは親の言うようには育たない。けれども、親のようには育つものだ」という言葉を聞きました。けだし名言です。子育ては失敗が多くて、意気込んでみても、なかなか思うように子は育たないものです。そのくせ、親の悪いところや癖などは、教えもしないのに身についているので、しげしげとそれを見ては、感慨深い思いがします。

 親と子の関係の1つには、科学的なところで「遺伝」というものがあります。生まれつき親から受け継いだ遺伝子によって、子は造られます。そして、今度は彼が親となって子を儲け、こうして代々遺伝子を受け継いでゆくのです。これが「血筋」であり「血統」というものです。受け継ぐものがすべて良いことであるならいいのです。しかし、同時に負の遺伝子もまた受け継がれ、それが問題となってしまいます。

 ある姉妹は、小さいころから父親からの虐待を受けて育ちました。心に言い知れぬ傷を負い、自分が親となったら、絶対にこんな親にはなるものか、そう心に誓うことで耐え忍んで生きてきました。やがて、彼女は年頃になり、良き伴侶と結婚しました。かわいい子が与えられ、ようやく人並みの幸せを手にしました。

 ところが、子育ては、かわいいそれだけで終わってしまえるものでなく、四六時中一緒にいて、休みなく世話をしなければなりません。慣れない育児に疲れ果ててしまい、彼女の心に再び闇が忍び寄りました。

 彼女は、子どもを虐待したのです。これだけは行うまいと誓った虐待を、何の罪もない無抵抗な我が子に向けたのです。それは自分では止められない衝動でした。自分は子どもを虐待をするような親には決してなるまい、長年自分の支えとしてきたこの誓いが崩れたのです。その絶望たるや筆舌に尽くしがたいものがあったでしょう。

 残念なことですが、人間はやられた通りやり返す、という負の連鎖を持ちます。罪の連鎖と言ってもよいでしょう。特に家庭内においてそれは顕著で、親から虐待を受けて育った子は、同じ場面に立った時、反射的に自分がされた通りのことをしてしまいます。相手が憎い訳ではありません。そうさせるのはむしろ罪なのです。私たちには原罪があり、その行きつくところは死であり、怒り、憎しみ、滅びです。また愛があっても歪みがあって、かえって傷を深くします。私たちは祝福の連鎖を持つとともに、負の連鎖も受け継いでいます。そして、この罪の、負の連鎖を断つために、イエスさまは世に来られたのです。

 イエス・キリスト。この方は、罪の支配に繋がれている私たちを助けてくださる唯一の救い主です。私たちはただこの方を信じることによって、私たちの負の連鎖、罪の連鎖を断ち切ることができます。というのもイエス・キリストは、私たちのすべての罪を負って十字架によって死に、3日目によみがえり、私たちを贖い、救いを与えてくださったからです。御子イエスの血潮は、すべての罪から私たちをきよめます。

 イエス・キリストは、私たちにある罪の連鎖を砕かれました。それ故、福音を信じ、罪からの解放にあずかりましょう。聖書にはこのように書かれています。「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです」(ローマ人への手紙623節)

MIKOE NEWSから転載」 2022年7月28日、リンク先:https://www.mikoe-news.com/

0 件のコメント:

コメントを投稿