2023年1月1日日曜日

たとえ一人であっても 

 皆さんがご自分の人生の中で、成し遂げたい大きな働きに直面する時、私はそれを行いたいけれど、たった1人ではいったい何になろう、そう思って手を出せずにいることはありませんか。

 そんなあなたに私は問いたい。1人とは、そんなに弱いものなのでしょうか。神があなたになさせようと与えてくださった働きに対して、同時に、それを全うする力と助けを与えてくださらないと、誰が知るでしょう。聖書には、たった1人でも主の御力を頂いて、神の陣営を鼓舞するような戦いを成し遂げた信仰の先人が多くいます。

 1例は、ダビデです。少年ダビデは羊飼いでした。その頃、イスラエルはペリシテ人との戦いの中にありました。ペリシテ人陣営にはゴリヤテという代表戦士の巨人がいて、朝夕姿を現してイスラエルの陣営に向かってなぶるのです。「さしで勝負させろ。おれを撃ち殺すなら、お前たちの奴隷となる。おれが勝つなら、おまえらがおれたちの奴隷となるのだ」。これを聞いてサウル王とイスラエルは意気消沈し、非常に恐れました。

 けれども、それを聞いて少年ダビデは激昂します。「この割礼を受けていないペリシテ人は何者ですか。生ける神の陣をなぶるとは」。こう言ってダビデは戦うために、川から五つのなめらかな石を取り、羊飼いが持つ投石袋に入れ、石投げを手にしてゴリヤテに近づきました。ダビデは言います。「おまえは、剣と、槍と、投げ槍を持って、私に向かって来るが、私は、おまえがなぶったイスラエルの戦陣の神、万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かうのだ。(中略)この戦いは主の戦いだ。主はおまえたちをわれわれの手に渡される」(サムエル記第一17章抜粋)

 こうして、ダビデは石を一つ取り、ペリシテ人ゴリヤテの額を打つと、石は額に食い込み、ゴリヤテはうつぶせに倒れ、ダビデはその首を取りました。一部始終を見ていたペリシテ人は逃げ出し、イスラエルは彼らを追い、勝利を得ました。確かに、この戦いは主の戦いであったのです。ダビデには何の武器もなく、共に戦ってくれる人もいませんでした。1人であったのです。しかしダビデは、神の陣営にはすべてがあること、この戦いに働かれるのは主であることを固く信じ、また知っていました。それでゴリヤテに立ち向かったのです。

 ダビデに起こった勝利は、私たちにも起こる奇跡です。私たちはもはや、自分1人では何ができるだろう、と嘆く必要はありません。たった1人でも神が共におられるなら、神はその人に勝利の実を結ばせてくださいます。問題は巨人のように大きく見えます。しかし、キリストを迎えた今、それもまた神によって解決しているのです。

 信仰を用い進んでください。1人の手は確かに小さいが、その手に置かれた神の御手は、はなはだ大きなものであるのです。いかに大きな事が起こるかを、この先、私たちは見ることでしょう。

 「主はその御目をもって、あまねく全地を見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力をあらわしてくださるのです」(歴代誌第二169節)

 主に信頼しましょう。たった1人であったとしても、主が共に働いてくださるなら、どんなことでもできるのです。

MIKOE NEWSから転載」 2023年1月1日、リンク先:https://www.mikoe-news.com/

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