2022年8月18日木曜日

ヨセフと忍耐

 詩篇10519節に次のような1文が書かれています。「彼のことばがそのとおりになる時まで、主のことばは彼をためした」。彼とはヨセフです。ヨセフはヤコブとラケルの間にできた年寄り子であって、ヤコブ、すなわちイスラエルは、彼の息子たちの誰よりもヨセフを愛していました。

 幼いころからヨセフは一風変わったところがあり、ある時、彼は夢を見ます。1つは、畑の束の夢で、ヨセフの束が真っすぐに立ち、兄たちの束が周りに来てヤコブの束におじぎしているという夢で、お兄さんたちの憎しみを買いました。また、太陽と月と11の星が自分を伏し拝んでいる、という夢を見て、さすがにイスラエルも彼を叱り、たしなめました。これらの夢は簡単に言うと、将来ヨセフが偉くなるぞ、という神さまからの示しでした。兄たちは一層彼をねたみ、父は心に留めていました。

 しかしそこから、彼の人生は大きく展開してゆきます。ヨセフは兄たちによって奴隷に売られました。けれども主の祝福は彼と共にあり、奴隷と言っても働きを任され、ある程度の自由が与えられていました。しかし、冤罪によって囚人となって、遂には牢につながれます。幼少のころ見た夢とは程遠い真逆の人生であったのです。

 主はヨセフを訓練されたのです。状況は約束とは真逆でした。ヨセフは悩みの炉の中で練られたのです。彼にとって信じることは待ち続けることでした。そして年月をかけて忍耐が培われていったのです。

 信仰を語るとき、忍耐をなくしては語れません。へブル人への手紙10章でも、こう語られています。「ですから、あなたがたの確信を投げ捨ててはなりません。それは大きな報いをもたらすものなのです。あなたがたが神のみこころを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です」(3536節)

 さらに、ヤコブの手紙ではこう書かれています。「私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているからです。その忍耐を完全に働かせなさい」(124節)

 私たちそれぞれにも与えられている約束があるでしょう。どうか忍耐を働かせ、最後までそれを固く握りましょう。信仰と忍耐はワンセットです。待たされ練られるところは通されますが、最後まで固く信仰に立つなら、必ず約束の成就の時が来るのです。必要なのは忍耐です。忍耐の末に私たちは約束の成就を受けるのです。

MIKOE NEWSから転載」 2022年8月18日、リンク先:https://www.mikoe-news.com/ 

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