2021年8月23日月曜日

 罪人を愛された主

 1980年代は、青春の時代でした。ピンクレディーが一世を風靡して、その振り付けを真似して踊ったものです。また、「新人類」と呼ばれる次世代の若者たちが現れ、社会には新しい時代の風が吹いていました(バブルを迎える前の時代でした)。通った学校は良家の子女が集まるという私学です。しかし、それでもクラスのうちには必ず23人はアウトローがいました。頭にパーマをかけ、スカートの丈を長くし、禁止されていたアルバイトをして、恋人をつくり、彼らは「不良」や「つっぱり」と呼ばれ蔑まれていました。若さからくる間違いや罪もあり、彼らを見る社会の目は厳しいものでした。それ故彼らもまた社会に反抗する姿勢を硬くするのです。仲間にこそなりませんでしたが、私には彼らに共感するものがありました。

 クラスメートのRはその「不良」でした。見るからに浮いた存在で、生活は乱れ、悪い噂ばかりです。ところが、ある時そのRがまともなことを言って周囲を驚かせました。キリスト教会のことを誰かが伝えたのでしょう。神が自分を愛しておられること、十字架の赦しを語り始めました。それも自分一人にとどめておくのが惜しいように、喜びを持って語るのです。その変化を目の当たりにしたある保護者は、こんなに変わるならうちの娘もぜひ一緒に教会に連れていってほしい、と願ったほどです。

 ルカの福音書5章では、パリサイ人や律法学者たちが、イエスのお弟子たちに、「なぜあなたがたは取税人や罪人どもといっしょに飲み食いするのですか」と問うています。それに対してイエスさまは、「医者を必要とするのは丈夫者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招いて、悔い改めさせるために来たのです」(3032節参照)とお答えになりました。

 確かに真っ先にイエスさまに帰ったのは、遊女や取税人など、罪人と呼ばれる者たちでした。彼らはイエスさまが救い主であることにいち早く気づきました。なぜなら彼らのうちには自分は罪人であるという負い目があったからです。彼らは医者を必要とする病人でした。人にはできない罪の赦しですがイエスさまならおできになると、彼らは信じました。そしてその通り彼らは受けたのです。

 Rは不良であり、また人一倍愛に敏感でした。ありのままのRを愛したイエスさまの真実を知った時、それはRを根底から変えるものとなりました。

 イエスさまは医者です。罪人の主です。この方は、人が見るように人を見ません。心を見られるのです。ありのままのあなたを愛し、あなたを取り戻すためにイエスさまは、十字架で死んでくださいました。どうかイエス・キリストを救い主だと信じ、告白し、あなたの心にお迎えください。

 「MIKOE NEWSから転載」 2021年8月23日、リンク先:https://www.mikoe-news.com/

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