親の人生、子の人生
イスラエルのお母さん(ジューイッシュマザー)は教育熱心なことで有名です。子どもの性質を良く知り、その子の能力が発揮される所へと導きます。また、「孟母三遷」と言って、孟子の母は、家庭環境、友人関係、教育機関などに心を用い、納得する所が見つかるまで、3度も引っ越しをしたと言います。子どものために良い環境を用意する、これがお母さんの役割だと言われています。
ところが、これには陥りやすいわながあります。お母さんが出過ぎると悲劇が起こるのです。ある時テレビでチアリーダーを目指す女の子とそのお母さんのドキュメンタリーが放映されていました。チアリーダー、チアガールは日本ではそうそう見かけませんが、アメリカでは、女の子の憧れの的です。
その子も、チアリーダーになりたいという夢を持っていました。その子のお母さんも何とかして娘をチアリーダーにしたいと苦心していました。食事制限から、練習、またチアリーダーになるための学校内での募集をチェックし、票を入れてくれるよう、いろいろなプレゼントを配りました。
ある時、ようやくチアリーダーに欠員が出ました。そこで、入ろうとするのですが、ライバルのお母さんがさりげなくコーチに献金額を伝えたところ、彼女ではなく、ライバルだった子に、その役が回っていきました。「結局は金だ」、と強く悟ったお母さんは、お金持ちのおじいさんと再婚します。でも、そこでしたことは相変わらず娘をチアリーダーにするそのことばかりで、夫に愛を示すこともなく、お金を狙った政略結婚でしかありませんでした。
以心伝心で、夫も娘もそのことが分かります。母に傷ついて、ついに娘が「もう私はチアリーダーにならない」そう言って家を出ました。どんなことがあっても、チアリーダーになりたい一心で、彼女は忍耐して頑張ってきたのです。しかし、ついにそれを投げ捨ててしまいました。
お母さんは自分がしたことが分からないでしょう。チアリーダーのビジョンは娘のものですが、それはお母さん自身のビジョンでもあったのです。
私の友人ですが、幼稚園で働きたいと思っていました。しかし、母親は、それじゃあ食べていけないから看護師になりなさいと強く勧め、手続きをしました。その子は、「自分の人生なのに、なぜ人生を自分で決めちゃぁいけないの」と涙ながらに訴えました。
母親は、「私の判断が正しいの。私の言う通りやってゆくなら必ず成功者になる。幸せになるはずだ。だから私の言った通りにしなさい。」このようにして、子どもから選択の機会を取り上げてしまうことがあるのです。良かれと思っての親心でしょう。しかし、人生は自分の道を自分の足で歩いて行く道のりです。時には忍耐が必要ですが、子どもが自分で答えを出すまで待っていてあげる、これもまた愛なのではないでしょうか。事実、神さまはそうしてくださったのではありませんか。罪人(つみびと)である私たちは、良かれと思って子どもの人生を自分が決めてしまう(奪ってしまう)ということをしがちなのです。
親という者は、子どもの人生にいろんな期待や望みを持ちやすい者です。そして、それが高じて、過干渉になることがよくあります。これには気をつけましょう。子どもの人生は、あくまでも子どものものなのです。
聖書にはこう書かれています。「あなたのしようとすることを主にゆだねよ。そうすれば、あなたの計画はゆるがない。」(箴言16章3節)
子どもの人生を神に委ね切るなら、神さまがその子のために用意しておられる最善の人生に必ず導いてくださいます。
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