2024年12月18日水曜日

 神の愛と守り

 祈りの戦士である某牧師は、一日に少なくとも8時間は祈る祈りの器です。素晴らしい主の働きであると思います。その牧師は、祈りに関しては、捉えることは三つだ、とよくおっしゃっていました。すなわち、祈りの中で「GO」「STOP」「WAIT」、このいずれかを捉えるのだといいます。「進みなさい」「やめなさい」「待ちなさい」これらを忠実に行うことによって、主のみこころの答えの捉えがより正確になったと語っておられました。

 私はというと、まだまだ研修中です。確信を持って進む時と、不安や恐れによってやめる時と、みこころかどうかがはっきりするまでさらに神のみこころを祈り求める時と、やはり三つをポイントとして、神のみこころを求めています。このことを始めてから、より神さまのみこころを知るようになりました。神の心を我が心とする、という土台があってこそ、神の声を正確に聞くことができるのです。

 また、神さまは、決して無口なお方ではありません。私に身の危険が迫っていた時、超自然的な方法を用いて助けてくださいました。私は聞く耳が育ってないのに「危ない。行ってはならない」という強い語りかけで、危険から守られたという激烈な体験を持っています。

 詩篇116篇の6節に、「主はわきまえのない者を守られる」という約束があります。ある時から、それを自分に対する神のことばとして受け取りました。私は、本当に「わきまえのない者」です。お調子者で恐れを知らず、心の赴くまま好き放題をしていました。隙だらけの人生であったと思います。しかし、主は守ってくださいました。

 数年前になりますが、催眠商法というのでしょうか、街を歩いているとティッシュを配っていたので、受け取りました。「道路の向こう側にもっといいものがあるよ」と言われたので、行ってみました。すると弁当袋やキャラクターグッズがありました。好きなのを取っていいよ、と言われたので弁当袋を取りました。すると、もっと良いものがもらえるから、賃貸の貸しスペースに来るよう勧められたのです。

 その言葉を聞いた瞬間、「危ない」という今までに聞いたことのないほど強い主のストップが来て、全身が恐れ、膠着(こうちゃく)しました。命を取られるような「危険」があることをはっきりと示されたのです。多分、人から見えない所で恐喝して、力ずくで、高価な贋作(がんさく)を買わせるつもりであったのでしょう。行く人と行かない人と主が人をかき分けてくださったので、そこから私も逃げていきました。恐ろしかったので、尾行されないようあちこちに寄りつつやっと自宅に帰ったのです。後にそれは催眠商法だと知り、わきまえのないものを守ってくださった主に改めて感謝致しました。

 これらのことから、本当に危機が訪れた時、主が唯一の頼みであることを学びました。主は、ご自分のいのちを捨ててまで、私たちを救いに導いてくださった愛なる方、力強いお方です。私たちの行く道をすべてご存じで、すべての者がご自身の元に立ち返るようにと、日夜働いておられます。

 まもなくクリスマスです。その主人公イエス・キリストは私たちを救いにあずからせるため、私たちのすべての罪を担い、十字架で死んでくださいました。そして、3日目に復活されました。このイエスの贖(あがな)いを信じる者は、永遠のいのちを受けます。この方を私たちに下さったことが何よりも深い神のご愛ではないでしょうか。

MIKOE NEWSから転載」 2024年12月18日、リンク先:https://www.mikoe-news.com/

0 件のコメント:

コメントを投稿