2023年2月3日金曜日

西坂の賛美

 日本にキリスト教が届けられたのは、1549年、イエズス会創始者の一人であるフランシスコ・ザビエルによります。それから48年。日本で最初の殉教者が起こされました。フランシスコ会より6名、イエズス会3名、子ども3人を含む信徒17名、合計26名が、長崎の西坂で磔刑(たっけい)に処せられ、殉教の死を遂げました。159725日のことです。

 西坂は、小高い丘になっていて、眼前には海が望めます。恐らく彼らは十字架の上からこの海を見ていたのではないでしょうか。西坂の殉教地は、今は公園になっていて、26名のレリーフが当時を伝えるものとして残されています。そして、そこにはマルコの福音書834節の聖書のことばが刻まれています。

 それは「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい」ということば(実際は文語訳)です。殉教にあずかった26名は死に至るまで、主に忠実であることができました。棄教することなく、肉体の苦痛にも耐え、最後まで自分の十字架を負い主に従い切ることができたのです。信者の一人として、それはうらやましい限りです。私だけでなく多くの信徒もそう思ったようで、刑場には、「私もキリシタンです。処刑してくだされ」、そう言って役人に申し出た者も大勢いたそうです。なぜこんなことが起きたのでしょうか。

 特筆しておきたいのは、西坂に、天を思わせるようなご臨在が現されていたことです。刑場といえば重苦しい悲惨な現場というのが私たちの考えるところです。しかし、そうではなかったのです。文献によれば、十字架の上から子どもたちが賛美を始めると、その賛美が周りの空気を一変させたと書かれています。その賛美には、天国への希望があり、子どもたちの神への全き信頼がありました。彼らが年端のゆかない子であるのを見て、なおさらその賛美は大勢の人の心を打つものとなりました。

 詩篇223節にはこのように書かれています。「けれども、あなたは聖であられ、イスラエルの賛美を住まいとしておられます」。神は、賛美の中に住んでおられるということをこの聖句は語っています。西坂の処刑場の中に賛美が満ち始めると、賛美を住まいとする神ご自身がご臨在のうちに現れました。それ故、西坂は一変して天国の希望に満ちた所となり、死はいのちにのまれてしまったのです。

 今年もまた、25日が巡ってきます。426年前に西坂にてささげられたあの賛美を思いつつ、今年もまた西坂に賛美が響き渡るでしょう。天の希望、天の喜び、神が下さる永遠の住まい、これらのものに目を向け、二十六聖人の信仰の足跡にならいましょう。

MIKOE NEWSから転載」 2023年2月3日、リンク先:https://www.mikoe-news.com/

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