2025年12月27日土曜日

 ナオミの嫁ルツ

 さばきつかさが治めていたころ、すなわち霊的にも実質的にも暗黒の時代に、ベツレヘムに住むエリメレクという人物は、妻と二人の息子を連れて、生活のために異邦人の地であるモアブに住まいを移しました。ところが、エリメレクは早々と死に、彼女とその息子が残され、兄である「マフロン」と弟「キルヨン」は、それぞれモアブ人の女を妻として迎えました。1人の名はオルパで、もう1人の名はルツで、彼らは約十年の間そこに住みました。ところが、このこの「アフロン」と「キルヨン」もまた死んでしまい、ナオミは夫と子どもに先立たれます。(ルツ記115節)

 彼女の希望は出てきたユダの地に帰ることでした。ユダの地を神が顧みてくださって、パンを得られると聞いたからです。そこで二人の嫁と共にユダの地へ向かう旅を続けます。
 しかし、そのうちにナオミは二人の嫁に言います。「あなたがたは、それぞれ自分の母の家へ帰りなさい。あなたがたが、なくなった者たちと私にしてくれたように、主があなたがたに恵みを賜り、あなたがたが、それぞれ夫の家で平和な暮らしができるように主がしてくださいますように」(89節)

 こうして、二人に別れの口づけをしたので二人は声をあげて泣きました。「いいえ。私たちは、あなたの民の所へあなたと一緒に帰ります」。彼女らはナオミからイスラエルの神について学び愛し仕えていたのでしょう。その決意と信仰は堅いものでした。
 しかし、ナオミは、もう自分には子を持てないこと、たとえ子を産んでも成人するまで待たせておけないことを語り、彼女らを説得します。彼女らはまたも声をあげて泣き、弟嫁であるオルパは、別れの口づけをしました。
 しかし、ルツは、彼女にすがりついて離れませんでした。「あなたも弟嫁にならって帰りなさい。」とナオミは言います。でもルツは「あなたを捨て、あなたから別れて帰るように、私に仕向けないでください。あなたの行かれる所へ私も行き、あなたの住まれる所に私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。あなたの死なれる所で私は死に、そこに葬られたいのです。もし死によっても私があなたから離れるようなことがあったら、主が幾重にも私を罰してくださるように」(11617節)。ルツのうちにはしっかりとした主への信仰が育っていたのです。もはやナオミはそれ以上何も言いませんでした。

 二人がベツレへムに着くと、町じゅうが二人のことで騒ぎ出し、「まあ。ナオミではありませんか」と言いました。ナオミは「快い」という意味なので、ナオミは「私をナオミと呼ばないで、マラ(苦しみの意)と呼んでください。全能者が私をひどい苦しみに会わせたのですから。私は満ち足りて出て行きましたが、主は私を素手で帰されました。なぜ私をナオミと呼ぶのですか。主は私を卑しくし、全能者が私をつらいめにあわせられましたのに」。こう語ったのです。

 ベツレヘムに着いた頃は、大麦の刈り入れの始まった頃でした。貧しい者は落ち穂を拾う権利が認められていたのでナオミの嫁ルツは、ナオミに落ち穂拾いに出かけることを願いました。そして、ルツが行った畑ははからずもナオミの夫の親戚でエビメレクの一族に属する一人の有力者の畑であったのです。

 彼は、ボアズで、ルツに非常によくしてくれました。他の畑に行っていじめられないように、「ここで落ち穂を拾いなさい。喉が渇いたなら、水がめところに行って若者たちの飲んだのを飲みなさい」と言いました。そして、若い者たちに命じて、ルツに恥ずかしい思いをさせないように、あえて穂を抜き取って彼女が拾えるようにするよう、計らってくださいました。

 おかげで、その日ルツは大麦1エパほどを持ってしゅうとめのもとに帰りました。ボアズの畑で働いたことを知るとナオミは言います。「生きている者にも、死んだ者にも、御恵みを惜しまれない主が、その方を祝福されますように。その方は私たちの近親者で、しかも買い戻しの権利のある私たちの親類のひとりです。」(220節)

 こうしてルツは、大麦から小麦の刈り入れの終わるまで、ボアズのところの若い女の子のそばを離れないで落穂を集めてしゅうとめと暮らしました。

 ナオミは一連のことに神のみ手を感じて、ルツに知恵を授けます。ボアズが大麦をふるい分ける夜、体を洗って晴れ着をまとって、打ち場に下って行きなさい。ボアズが寝る所を見届けたら入って行き、その足の所をまくって、そこに寝なさい。あの方はあなたのなすべきことを教えてくれましょう。ルツは「私におっしゃることはみないたします」。こうして、その通りのことをしました。(316節)

 夜中になって、ボアズはびっくりして起き上がりました。なんと一人の女が自分の足の所に寝ていたのです。「あなたは誰か」と聞くボアズにルツは答えました。「私はあなたのはしためのルツです。あなたのおおいを拡げて、このはしためをおおってください。あなたは買い戻しの権利のある親族ですから」。これは当時のプロポーズに当たる言葉です。これに対してボアズも誠心誠意を持った接し方をします。誰彼の見分けのつかない早朝、ボアズは大麦6杯を量ってルツに持たせます。(3815節)

 ボアズの前に一人の買い戻しの権利のある者がいるので、その者を呼び長老10人を招いて話します。「ナオミは私たちの身内のエリメレクの畑を売ることにしています。まずあなたに権利があるのでどうしますか」「買い戻しましょう」「しかしその場合、死んだ者の名をその相続地に起こすために、死んだ者の妻であったモアブの女ルツをも買わなければなりません」と言うと、「私自身の相続地を損なうといけませんから、あなたが私に代わって買い戻してください」と自分の履物を脱いでボアズに渡しました。(418節)

 こうして、正式にボアズは土地と妻ルツを買い戻し、門にいた人々はみなそのことの証人として二人を祝福しました。そして、主が彼女をみごもらせたので、彼女は一人の男の子を産みました。(4913節)

 女たちはナオミに言いました。「イスラエルで、その名が伝えられるよう、きょう、買い戻す者をあなたに与えて、あなたの跡を絶やさなかった主が、ほめたたえられますように。その子は、あなたを元気づけ、あなたの老後をみとるでしょう。あなたを愛し、七人の息子にもまさるあなたの嫁が、その子を産んだのですから。」(414節)

 ナオミはその子をとり、胸に抱いて養い育て、近所の女たちは、その子にオベデと名をつけました。オベデは、ダビデの父エッサイの父です(41617節)。救い主の系図の中に、カナン人とモアブ人の血が入っているのです。

 このことから分かるように、たとえ「マラ(苦しみ)」と呼べることが許されても、イスラエルの神を愛し、従う者には、神は最善最高の祝福を与えられるのです。これが、私たちの信じている神のなさるみわざなのです。ルツはモアブ人でしたが、彼女は主に対する全き信頼と信仰を持っていたことを覚えておきましょう。

MIKOE NEWSから転載」 2025年12月27日、リンク先:https://www.mikoe-news.com/

2025年12月16日火曜日

 アドナイ・イルエ

 アブラハムという人物は神の器(奉仕者)で、知恵に満ち、誰にも増して神を恐れる人物でした。井戸で争いの絶えない身内のアビメレクに、「7頭の雌の子羊を分け、この井戸を私が掘ったという証拠として受け取ってください」と誓いを結び、こうしてそこをベエル・シェバと呼び、アブラハムは長い間このペリシテ人の地に滞在しました。

 『これらの出来事の後、神はアブラハムを試練に会わせられた。神は彼に「アブラハムよ」と呼びかけられると、彼は、「はい。ここにおります」と答えた。神は仰せられた。「あなたの子、あなたの愛しているひとり子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。そしてわたしがあなたに示す一つの山の上で、全焼のいけにえとしてイサクをわたしにささげなさい。」』(創世記2212節)

 これは、人の命に関わるとんでもない仰せですが、この父子は、時を移さず従い始めます。翌朝早く、アブラハムはろばにくらをつけて、ふたりの若い者と息子イサクを連れて行き、全焼のいけにえのためのたきぎを割り、神がお告げになった場所へ出かけて行きました。3日目に、アブラハムが目を上げると、その場所がはるかかなたに見えました。

 『それでアブラハムは若い者たちに、「あなたがたは、ろばといっしょに、ここに残っていなさい。私と子どもとはあそこに行き、礼拝をして、あなたがたの所に戻って来る」と言った。
 アブラハムは全焼のいけにえのためのたきぎを取り、それをその子イサクに負わせ、火と刀とを自分の手に取り、ふたりはいっしょに進んで行った。
』(56節)

 イサクは言いました。「お父さん。」「何だ。イサク。」イサクは尋ねました。「火とたきぎはありますが、全焼のいけにえのための羊は、どこにあるのですか。」

 もっともな問い掛けでしょう。しかしそれに対して、アブラハムはこう語りました。「イサク。神ご自身が全焼のいけにえの羊を備えてくださるのだ。」こうして二人は一緒に歩き続けました。二人で黙々と歩き続けることによって何らかの納得が、イサクの内にも目覚めてきたのではないかと思います。

 こうして、神がアブラハムに告げられた場所に着くと、アブラハムはそこに祭壇を築きました。そして、たきぎを並べ、自分の子イサクを縛り、祭壇の上のたきぎの上に置きました。今やイサクの命も露と消えようとしていました。アブラハムは手を伸ばし、刀を取って自分の子をほふろうとしたのです。

 「アブラハム。アブラハム。」
その時、主の使いが天から彼を呼びました。彼は答えました。「はい。ここにおります。」

 『御使いは仰せられた。「あなたの手を、その子に下してはならない。その子に何もしてはならない。今、わたしは、あなたが神を恐れることがよくわかった。あなたは、自分の子、自分のひとり子さえ惜しまないでわたしにささげた。」

 アブラハムが目を上げて見ると、見よ、角をやぶにひっかけている一頭の雄牛がいた。アブラハムは行って、その雄羊を取り、それを自分の子の代わりに、全焼のいけにえとしてささげた。

 そうしてアブラハムは、その場所を、アドナイ・イルエと名つけた。今日でも、「主の山の上には備えがある」と言い伝えられている。』(1214節)

 こうして、死を恐れなかったアブラハムは、息子の命を得、信仰を受けました。私たちは、今に至るまで主の山には備えがあることの証人です。神を恐れましょう。
 教会が初期の頃、私たちは、ジョージ・ミュラーの信仰をわが信仰として、世界に出て行きました。ただ神のことばを信じて従う信仰によって、世界に出て行ったあの信仰を思い出しましょう。

 アドナイ・イルエ、この信仰は変わることがありません。

MIKOE NEWSから転載」 2025年12月16日、リンク先:https://www.mikoe-news.com/

2025年12月2日火曜日

mana

 近所のご意見番のおじちゃんの勧めに従って、私たち近所の子どもたちは全員「鳴門聖母幼稚園」に進みました。みな結構そこを気に入っていて、私は特にそこにある絵本がお気に入りでした。アメリカ版の『天から降ってきたパン』のお話です。まんまるした大きなパンが毎日降ってくるなんて、なんて楽しいのだろう。天国のパンを食べられるなんて、なんていいのだろう。食べたいな。食べたいな。どのような味をしているのだろう。毎日天から降ってくるなんて、素敵だな。素敵だな。その大きなパンは私たちの食欲を大きくかき立てました。

 このパンは1人につき11オメルたっぷり与えられるという「マナ」であり、出エジプト記16章に書かれている「パン」であるのだと書かれています。クリーム味で好きなように調理できるとも書いています。その味を思ってみなうっとりしました。グラタンのように調味してもいいかなと思いました。蜜を入れたせんべいのようだとも書かれているし、どう調理してもおいしそうです。

 マナ、とは出エジプトの際に1カ月したころ、「食べるパンがない。われわれを殺すつもりか」と神に向かって民がつぶやいたところで、神が現された栄光、また、さばきであって、夜露のようにそれがイスラエルの民の宿営の上に降ったのです。それを、1人につき1オメルたっぷり集めるよう、神は定めてくださったのです。多く集めた者も、少なく集めた者も、測ったところそれは、1オメルであったのです。安息日の分は、その日の分と、その次の日とが前もって与えられました。安息日を聖く保つためです。

 よこしまな者たちは、安息日もこのパンを探しに出て行きましたが、それを見いだすことができず、また残しておいてはならないという教えに従わない者のマナには、虫がわき悪臭を放ちました。イスラエルの民は、牛や羊の群れと共に出エジプトしたわけですから、当然乳や凝乳にあずかってきたはずです。そのほかに、マナや肉を食いたいと叫んだその叫びは、主を怒らせるものでした。朝にはマナを、そして夕方になるとうずらが飛んできて宿営の回りに落ちて行くのです。

 主はこう語っておられます。「あすは全き休みの日、主の聖なる安息である。あなたがたは、焼きたいものは焼き、煮たいものは煮よ。残ったものは、すべて朝まで保存するため、取っておけ。」(出エジプト記1623節)

 それで彼らは、モーセの命じた通りに、それを朝まで取っておきましたが、それは臭くもならず、うじもわかなかったのです。イスラエル人は、カナンの地の境に来るまで、40年間これを食べ続けました。そして、それは、1オメルたっぷりイスラエルの子孫のために契約の箱の中に収められています。

 私はこのマナが結構広範囲に、また結構長期的に私たちの食事として食卓を潤したであろうと見ています。というのも、ある日、つきものが落ちたように、私たちが使っている「まな板」は実は「マナ板」ではないか、という考えが浮かんできたからです。マナを調理した板こそ、まな板の由来ではないかと思いました。

 日本人はマナを調理する器具として、この板の上でさまざまに料理し、それを食卓調理に使う「まな(マナ)板」と呼ぶのではないかと思っています。

 もしこれが本当だったら、受け継いできた日本料理のまな板を、さらにきれいにして受け継いでゆきたいと思います。文化とともに、継承とともに見えてくるものを大切にしていきましょう。イスラエルの10部族との関わりが見えてきそうで興味深いです。いわゆる日ユ同祖論も安易に否定することはできないのではないでしょうか?

MIKOE NEWSから転載」 2025年12月2日、リンク先:https://www.mikoe-news.com/

2025年11月20日木曜日

汝の敵を愛せよ

 ふとしたことから病院に入院して、3カ月を越えました。その中で学んだことは実に多いものです。人間同士だから、当然そりの合う人も合わない人もいます。仕方のないことではあるでしょう。

 安静度の高い時には、すぐ隣にあるトイレにも看護師付き添いなしには行かれませんでした。人の前で排尿するというのは緊張して、そうなかなか尿が出せるものではありませんでした。すると、ペシッとお尻をたたかれて「目を覚ましなさい」と叱られました。それ以降、その人のやることなすことすべてが、私に対してあたかも「憎しみ」があるかのように思うようになりました。また、別な人は、目では笑っているが一つ一つの言葉の節々が厳しかったりもしました。他の看護師がやってくれることも、私が自分で行うようじっと待機して動くことはありません。

 ああ、嫌われているな、と私は思ったし、実際そうであったでしょう。私も、その人と距離を取っていたと思います。

 ある時、そんな人たちに対して、思い余って「わたしはあなたのことが嫌いです」と口にしようと思いました。宣戦布告です。しかし、主の御霊がそれを止めました。そして、「汝(なんじ=あなた)の敵を愛せよ」というキリストのことばを思い起こさせてくださいました。

 ルカの福音書6章に、キリストのことばとしてこのようなことばが書かれています。「あなたの敵を愛しなさい。あなたを憎む者に善を行いなさい。あなたをのろう者を祝福しなさい。」(2728節)。「さばいてはいけません。そうすれば、自分もさばかれません。人を罪に定めてはなりません。そうすれば、自分も罪に定められません。(略)与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです。」(3738節抜粋)

 そこで私は、怒りを捨て、彼女らの看護に対して、最大限の感謝をささげるようにしたのです。意識して、「ありがとうございます」「お世話になりました」と心を込めて口にするようにしました。

 すると、事態が変わってきたのです。ビジネスライクな言葉以外に「この薬は北野さんに合っているようだね」だとか「つらかったね」といった心通う会話ができるようになり、今では最も信頼のおける看護師さんの一人となっています。感情に任せず、主のことばに従っておいて、本当に良かったと思っています。
 たといどんなに腹に据えかねることがあっても、決して誰に対しても「あなたのことは嫌いです」などという言葉を口にするべきでありません。主がその人とあなたとの関係をどう変えてくださるか、私たちには分からないからです。

 同様に、人の心の裏側を読むことも避けたい事柄です。私自身がかつてはそういう人間でした。快い言葉も裏があるに違いないと思い警戒する人間でした。

 ところが、主イエスは聖書の中で「なぜ、むしろだまされていないのですか」(コリント人への手紙第一67節)ということばを残しています。仮に裏があったとしても自らを聖(きよ)く保つことは、警戒するより、はるかに徳の高いことです。裏切られてもむしろ信じることを選びましょう。隣人をやっつけることより、隣人を愛することを学びましょう。

 日本のことわざにも「負けるが勝ち」というものがあります。勝ち負けや損得に立っていること自体が既に敗北であるのです。「神は愛です」(ヨハネの手紙第一416節)。それゆえ、神の中にいる者は、愛の中にいるのです。

 神さまの愛は私たちの思いを越えてはるかに高いのです。ですから、愛を求め、愛を実践しましょう。神はあなたと共におられます。(コリント人への手紙第一1348節)

MIKOE NEWSから転載」 2025年11月20日、リンク先:https://www.mikoe-news.com/

2025年11月14日金曜日

 ナースコール

 81日から、3カ月の予定で入院しました。一時私の安静度は高くて、24時間監視カメラに撮られて、ベッド上で体位を変えるだけで看護師が飛び込んできました。すぐ横にあるトイレも看護師なくしては使うことが許されません。

 私は、自分では自分は強いものだと思っていましたが、覆されました。若い女の子がにこにこしながら頻繁にナースコールを押し、かつ愛されているのを見て、本当に強い人というのはこの少女のような人をいうのだと、考えを改めました。

 トイレコールもぎりぎりまで我慢し、顔を洗うのも我慢し、歯磨きもベッド上で行い、したいようにはできません。そのうち、妄想が出て来て、自分は監視されている、管理されている、病院には裏の顔がある、と思うようになり、ベッド横にあるセンサーに「盗聴」の文字が浮かんでいるのを見るに至っては、ますますその確信を強めました。逃げたいと思っても、起きようとするだけでセンサーが作動するのです。神の手が重くのしかかっていました。

 よく、漬物を作る時、野菜に塩を入れて重しの石をのせて3カ月ほど置いておきます。すると水分が上がって来て、仕上がってゆくわけですが、私に起こったこともこれと同様で、新鮮野菜の私から漬物になった私へと神によって作り変えられた3カ月であったと思います。これから先私を食べる人(笑)は、私の味が変わったことを知るでしょう。

 10月末に試験外泊をして、いよいよセンサーも外され楽になりました。しかし、本当につらい3カ月でした。

 この中で学んだことがあります。それは、老いについてです。若いつもりが私も還暦を迎え、立派なおばあちゃんになりました。年を取るということは、人の手を借りるということです。人の手を借りるには、病院や施設の規則を守らなければなりません。好きなように生きてきた時の生き方を捨てる覚悟が私たちに持てるでしょうか。ナースコールを押すためらいを捨てて、介助を受けられるでしょうか。ある人にとってこれはたやすいことでしょうが、私はナースコールが鳴るたびに、びくびくしておびえていました。だからこそ、ナースコールを押せる人こそ本当に強い人なのだな、と思うに至ったわけです。自分を誰かに委ねるということを意識し、決意していないと、いきなり人の手を借りる事態になると大変な苦しみとなることが目に見えています。

 みな、どのように死んでゆくのでしょうか。人の目に触れない施設や病院、またナースコールさえない所で、死への尊厳なくして、この世を去っていく人がいかに多いかということを私は知りました。年を取った人ほど、尊厳が必要なはずです。しかし、これを語る人は多くはありません。いっそ死んだほうがましだと思っても、その死すら逃げて行くようにすら思えます。それゆえ、マザーテレサは「死を待つ人の家」を立ち上げたのです。

 生きていくことは、何より大切なことです。だからこそ、老いに備える必要があるのかもしれません。気力体力が失われ、何の喜びもないという人生が来る前に、また家族の顔すら忘れてしまうような病が始まる前に、天国へ行く備えをしてください。主イエス・キリストの名を呼び、救いを受けましょう。

 栄華を極めたソロモンが書いた『伝道者の書』に「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また、【何の喜びの日もない】と言う年月が近づく前に」(121節)という一節があります。老いが進めば、自分が自分であることさえ分からなくなります。

 あなたが労苦して蓄えたものを誰かが持っていきます。あなたが軽んじていた者が、あなたに横柄になり、あなたを粗末に扱うことすらあるでしょう。その中で信仰だけが、あなたを支えるつえです。神に信頼する以外、頼りになるものはないと思います。

 詩篇71篇の作者は、こう叫んでいます。「年老いた時も、私を見放さないでください。私の力の衰え果てたとき、私を見捨てないでください」(9節)。「年老いて、しらがになっていても、神よ、私を捨てないでください。私はなおも、あなたの力を次の世代に、あなたの大能のわざを、後に来るすべての者に告げ知らせます。」(18節)

 介護する側の大変さは想像に難くありません。しかし、介護を受ける側として備えていかなければならないものもまた老いには伴うと知ってください。

 主イエス・キリストの救いこそ人生最大の備えです。救いを受け取り、人生の最大の備え、支えを得ましょう。

MIKOE NEWSから転載」 2025年11月14日、リンク先:https://www.mikoe-news.com/

2025年10月1日水曜日

地上で最後に救われた男

 その日、ヘロデ王とピラトは仲良くなりました。共通の敵イエス・キリストを見いだしたからです。ヘロデは、イエスから何らかの奇跡を見せてもらいたいと思っていましたが、イエスは、彼に何もお答えになりませんでした。
 それどころか、ヘロデは自分の兵士たちと一緒にイエスを侮辱したり、嘲弄(ちょうろう)した挙げ句、派手な衣を着せて、ピラトに送り返しました。

 並行記事によれば、「総督の兵士たちは、イエスを官邸の中に連れて行って、イエスの着物を脱がせて、緋色の上着を着せた。それから、いばらで冠を編み、頭にかぶらせ、右手に葦を持たせた。そして、彼らはイエスの前にひざまずいて、からかって言った。『ユダヤ人の王さま。ばんざい。』 また、彼らはイエスにつばきをかけ、葦を取り上げてイエスの頭をたたいた。こんなふうに、イエスをからかったあげく、その着物を脱がせて、もとの着物を着せ、十字架につけるために連れ出した。」(マタイの福音書272731節)と書かれています。

 同38節では、イエスとともに、ふたりの強盗が、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけられた様子を記しています。
 「道を行く人々は、頭を振りながらイエスをののしって、言った。『神殿を打ちこわして三日で建てる人よ。もし、神の子なら、自分を救って見ろ。十字架から降りて来い。』」(3940節)
 「イエスといっしょに十字架につけられた強盗どもも、同じようにイエスをののしった。」(44節)

 その時、「十二時から、全地が暗くなって、三時まで続いた」という記事が、マタイの福音書にもルカの福音書にも記載されています。
 「太陽は光を失っていた。また、神殿の幕は真っ二つに裂けた」(ルカの福音書2345節)ということが起こり、イエスは大声で叫んで言われたのです。「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」(46節)と。そして、息を引き取られました。

 ところが、この時、私たちにとって大きな希望となることが起こっていたのです。

 十字架にかけられていた犯罪人の一人がこんなことを言い出すのです。
 「『おまえは神をも恐れないのか。おまえも同じ刑罰を受けているではないか。われわれは、自分のしたことの報いを受けているのだからあたりまえだ。だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ。』『イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思い出してください。』」(ルカの福音書234042節)

 「イエスは、彼に言われた。『まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。』」(43節)

 彼が、キリストに救われたキリストの地上の生涯最後の男と言ってもよいでしょう。「今日、わたしとともにパラダイスにいる」と約束されたイエスのご愛の深さ、そして今成し遂げようとしている救いの完全さを思いませんか。

 そしてこれは、ギリギリの救いでした。まさに主イエスが息を引き取る前の出来事だったのです。

 何が彼を改心させたのか、それは聖書には書いていません。しかし、人類の罪を負って十字架の苦しみを担われた主を見て、私たちとこのお方は違うと彼に分かったのではないでしょうか。そして、この方は本物だという確信を得たのではないでしょうか。

 苦しみの中にも、主イエスは、救いのことばを下さいました。息絶える寸前です。へりくだって、主に求めるなら、主は、救いとなることばを下さいます。罪人にとって、これは、思う以上のことばだったでしょう。「今日、わたしとともにパラダイスにいる」。これは、赦された以上のことばだったのです。

 受難のしもべ、イエスを信じましょう。神と私たちを隔てていた至聖所と聖所の幕は上から裂けました。イエスは、真の聖所の道を確かに開かれたのです。だれでもこのイエスを自分の救い主として受け入れるなら、その人には直ちに永遠のいのちが約束されるのです。

MIKOE NEWSから転載」 2025年10月1日、リンク先:https://www.mikoe-news.com/

2025年9月24日水曜日

 老いと向かう

 「60歳にしては若いわね。つやつやの髪。まだまだ染めなくても大丈夫よ」と美容室でほめられた私ではあるが、そろそろ白髪をどうにかしなければならない、と思い始めている。

 老いは残酷だとやはり思う。若さのまぶしさを、力みなぎる様子を、私が過去に持っていた若さの可能性を、この年になって強く意識するようになった。

 顧みて、自分は顔にシミができ、風呂場で見る自分の体形も崩れ始めている。孫がいるのだから、おばあちゃんで当然だけれど、これから先、つえ無しで歩けなくなるのか、おむつのお世話になるのだろうか、そこまでして、どうして生きなければならないのか。私には、その答えがない。

 みんなどうやって生きているのだろう。あきらめているのか? 希望を持っているのか? それとも、自然と老いに対してまひしていくのか。

 そのどれもが正解かもしれない。不思議なのは、老いを悲観して死んだ人のことを聞かないことだ。むしろ、老人は、1日でも多く生きたい、そう思うようである。老いること以上に、命が大切だと老人は知っている。だから、身体のある部分を修繕してでも、生きる機能を保ち、生きるのだ。

 若さ以上に大切なもの、それが命だと老人は知っている。老いることをみっともないと考える私は、しょせん外見しか見ていないのだろう。老いに対する努力、生きることへの戦い、神の前にそれはいかに尊いものだろうか。

 私の夫は「よぼよぼになっても美しい人はいる」と言う。「内面の美しさこそ、年を取った人の美しさだ」と言う。「そんな人になりなさい」とも言った。しわしわになって、白髪になって、どうして美しいといえるの? 相変わらず、私は問うた。花であっても盛りを越えると無残に朽ちるじゃないか。美しく朽ちていくことなんてあるわけない。朽ちた花のどこがきれいなの? がぜん反対した。

 ただ考えられるのは、盛りを迎えたからこそ、「朽ちても後悔なし」と言えるということだ。次の世に向かって、死に向かって、迷いなく生きることはできるだろう。これが、もしかすれば、内面の美しさをたたえた老人の姿なのかもしれない。

 私は、最後まで生きようとする老人の姿を知っている。彼らは決して諦めない。1日でも長く生きるためにすべてをかける。これはこれで、評価されるべきことではないかと思う。彼らは、命(死)の先にある国、天国に向かおうとしているのだ。そこに行くために、残された11日を本当に大切に生きている。1日でも長くこの世に生きようとしている。

 永遠という世界に、彼らは向かおうとしているのだ。顔のシミや白髪は、永遠の前には小さなものだ。残る人生を神の前にどう生きるかこそが、より大事なことではないだろうか。シミや白髪はむしろ神の時が近づいていることを教えてくれるものなのだ。

 キリストを知った者としての確信が、年老いながら内側からの美しさとして私たちを輝かせることがあるのだろうか。天国の前味を知った者としての美しさを放つことがあるなら、そうありたい、と私も思う。

 主も、年を取ったからといって私たちを捨てられない。イザヤ書46章にはこう書かれている。「胎内にいる時からになわれており、生まれる前から運ばれた者よ。あなたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがしらがになっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。なお、わたしは運ぼう。わたしは背負って、救い出そう。」(34節)

 さらに、みことばは教える。「主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。」(イザヤ書4031節)

 胎内にいる時から、しらがになっても、主は変わることなく、いつまでも私たちを運んでくださるという。また、主を待ち望むなら、たとい老いても、鷲のように翼をかって上り、走ってたゆむことも歩いて疲れることも無い力が与えられるというこの約束を、主のことばとして信じていきたいと思う。主を待ち望む時に主が力を与えてくださることを信じることが、私の老いへの答えとなった。

 御国に行くその日まで、主は担ってくださる。背負ってくださる。運んでくださる。この主に信頼することが、内面の美しさとして現されることを求め始めている。

MIKOE NEWSから転載」 2025年9月24日、リンク先:https://www.mikoe-news.com/