2015年1月17日土曜日

霊の世界
 徳島の某所に、化け物屋敷とうわさされる家があります。金を背負った布袋が
家に向かって四隅に置かれ、いかにも拝金主義といった日本家屋です。
 この家に住む人は、皆おかしくなるということで有名になりました。居ないは
ずの人影が見えるのはしょっちゅうで、飼われていた数匹の犬が狂い死 にし、
代々のオーナーも皆、奇妙な死に方をしました。
 地元でも話題になり、大学病院の教授は「この家は恐らく特別なガスが立ち込
めていて、そのせいでおかしくなるのだろう」とコメントしましたが、 結果は
分からず、多くの人はその科学的な見方に飽き足らず、「きっと霊がいるに違い
ない」と恐れています。
 聖書には、イエスさまが病のいやしと同じくらい、悪霊追い出しをされたこと
が書かれています。ところが今の時代、悪霊などと言おうものなら、極 端だと
一線を引かれてしまいます。そして、それこそがサタンのもくろみなのです。
 悪霊もサタンも現実の存在であることを覚えてください。というのも、私たち
に起こる幾つかの問題は、本当は霊の問題であるのです。にもかかわら ず、あ
たかもそれが霊の問題ではないようにサタンはすり替えてきます。そして、私た
ちをいつまでもその問題で縛り続けようとします。霊的な事柄に は霊的な対応
が必要です。正しい対応をすることによって解放が訪れます。
 問題にはそれなりの原因とみえるものがあるので、なかなか霊の問題とは考え
にくいものです。しかし、私たちが思う以上に霊に由来する問題は多い と思
います。聖書はそのことを語っています。イエス・キリストを信じ、私たちを
縛る、あらゆる問題からの解放を受けましょう。  (イスラエル北野)

み声新聞2015年1月18日号(第815号)より転載—

2015年1月10日土曜日

信仰義認
 もし皆さんが、世界中の人々をすべて救うというプロジェクトを任されたらど
うしますか。もし、救いの方法をお金の有無におくなら、お金の無い貧 しい者
は救われませんし、試験にするのなら、頭の良い人を救えても知恵の欠けた者を
取り残してしまいます。すべての人を等しく救うことは何と難し いことでしょう。
 ならば条件なくすべての人を救えば良い、と思うでしょうが、私たちは皆、神
さまの前では罪人です。そのため、私たちは罪の贖いが必要であり、救 われる
方法が問題なのです。
 このことをご存じの神さまは、「信仰」という方法を私たちに与えてください
ました。信じることによるなら、だれもが等しく救われるのです。
 そして、これが神の知恵だと神は言います。コリント人への手紙第一には、こ
のように書かれています。「事実、この世が自分の知恵によって神を知 ること
がないのは、神の知恵によるのです。それゆえ、神はみこころによって宣教のこ
とばの愚かさを通して、信じる者を救おうと定められたのです」   宣教のこ
とばの愚かさとは何でしょう。それは福音を信じるということです。私たちの父
なる神さまは、私たちを愛し、ご自身のひとり子イエスさ まをくださいまし
た。御子イエスさまは罪なきお方ですが、私たちの罪を贖うために、罪人ととも
に十字架で死なれました。そして、3日目によみがえ りを果たされました。そ
のことは、みな私を罪から救うためであったと信じるなら「救われる」のです。
これを、信仰義認と言います。
 どのような宗教もこれに並ぶことはありません。どのような救いもこれ以外
にはありません。十字架の福音を信じましょう。 (イスラエル北野)

み声新聞2015年1月11日号(第814号)より転載—

2015年1月3日土曜日

天国は、ほんとうにある
 最近、身内の間にちょっとしたブームが起こっています。それは、「天国は、
ほんとうにある」という映画です。牧師の息子である4歳のコルトン少 年が、
虫垂切除の手術で生死をさまよっている間、天国へ行ったというお話です。
 私の父もまた同様に不思議な体験をしました。脾臓摘出と食道切除、胃を裏返
しにしてつなぐという大手術の最中、コルトン君と同じように、心臓は 動いて
いたので医学的には死んだといえないのですが、確かに手術中、体を離れてイエ
スさまの所に行きました。一度死んだのかもしれません。
 父は、気が付くと白い雲に乗って空中を漂っていました。正面には栄光で輝く
天国があり、そしてイエスさまとお会いしました。イエスさまは父に天 国を案
内してくれたそうです。特に、地上と天国との連絡回線についての説明が興味深
かったらしく、父はよく話してくれました。雲の間に金色に光る 回線がくまな
く走っていて、通常の祈りはこのラインを通って届き、緊急の時はこのラインで
す、と見せてくれ、世の通信システムにはないそれはそれ は見事な物だった、
と父は述懐しました。一通り見終わった後、イエスさまは、何か質問はあります
かと、父に優しく聞かれたそうです。
 無いです、と言いかけたところに、父を呼ぶ声がして、今度は自分を見下ろし
ていて、口から体に入り、気が付けば手術は終了していました。
 私には、9カ月でなくなった息子がいます。彼は、エリヤといいます。天国に
はエリヤという名前の子が集まる部屋がある、とある預言者が語ってく れまし
た。地上では生きられませんでしたが、天国で生きています。天国で会える、そ
れが今の私たちの希望です。
 
(イスラエル北野)

み声新聞2015年1月4日号(第813号)より転載—

2014年12月27日土曜日

クリスマスの贈り物
 街にはイルミネーションが輝き、間もなくクリスマスです。幼い頃、靴下に手
紙を入れてサンタさんが来るのを待ちわびていたものです。プレゼント もさる
ことながら何よりサンタさんに会いたいという一心で、夜更かしをしましたがい
つも待てずに寝てしまい、子ども心にも残念でした。
 クリスマスにはプレゼント交換がありました。選ぶ楽しみがあり、もらう楽し
みがあり、学校も冬休みになるし、1年で一番楽しい日でした。私たち は互い
に贈り物をやり取りしますが、神さまが与えてくださる贈り物があります。み子
イエスさまです。
 ヨハネの福音書3章16節に「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほど
に、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びるこ となく、
永遠のいのちを持つためである」と書いてあります。
 神さまのひとり子とは、イエスさまのことです。神さまはありのままの私たち
(世)を愛してくださり、罪や死に定められている私たちを、御子イエ スキリ
ストによって救おうとなさったのです。そして事実約2000年前、確かに主イ
エスはこの世にお生まれになったのです。
 イエスさまは、30歳から公生涯に入られ、病をいやし、悪霊を追い出し、サタ
ンの縛りから人々を解放しました。そして、私たちを罪や死から救う ために、
最後には十字架で死なれました。
 このイエスさまこそ私たちに対する、神さまの最大級の贈り物なのです。イエ
スさまが十字架で死なれたのは私の罪を贖うためだったと信じるなら、 今こ
の時にもあなたは救われます。そして、それこそが神さまがあなたに与えよう
とされる贈り物だと知ってください。 (イスラエル北野)


み声新聞2014年12月28日号(第812号)より転載—

2014年12月18日木曜日

時がある
 聖書に、ヨセフという人物が出てきます。ヨセフはヤコブの年寄り子で、12
いる息子たちの中で、最も父に愛されていました。
 17歳の時、ヨセフは夢を見ました。一つは、11の束が自分の束に向かってお辞
儀をするという夢で、もう一つは、太陽と月、11の星が自分を伏 し拝んでいる
夢です。自分は将来父や母、兄弟から拝まれるような人物になるというのです。
これを聞いて彼はさらにねたみを買い、奴隷に売られてし まいました。
 それでも、彼は神さまに祝福され、主人からの厚い信任を得ます。ところが、
主人の奥さんを辱めたというぬれぎぬを着せられ、今度はろうに投げ込 まれた
のです。夢とは真逆を行く展開です。詩篇105篇には「彼のことばがその通り
になる時まで、主のことばは彼をためした」と書かれています。
 しかし、ついにヨセフに神の時が到来しました。獄舎の中で囚人の夢の解き明
かしをしたことによって、エジプト王パロの夢の解き明かしをなし、ヨ セフは
パロに継ぐ大臣となりました。30歳でした。
 伝道者の書に「天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには
時がある」とも「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」とも 書かれ
ています。ヨセフは、夢が成就する時まで、ためしの中でさまざまな訓練、整え
を受けていたのです。どの時をとってみても、無駄な時はありま せんでした。
そして、時満ちて神さまは最善の時に約束のことばを成就されました。
 時を待つ間、私たちはためされます。しかし、それは、約束の成就に向けた準
備の期間です。神の約束は時が来れば必ずその通りに成就します。信仰 と忍耐
を働かせ、神の時を待ちましょう。
 
(イスラエル北野)

み声新聞2014年12月21日号(第811号)より転載—

2014年12月13日土曜日

希望があります
 「教会」は、キリスト教の奥義です。エペソ人への手紙1章23節にはこう書か
れています。「教会はキリストの体であり、いっさいのものをいっさ いのもの
によって満たす方の満ちておられるところです」
 霊的なものにおいても、実際的なものにおいても、キリストの恵みが教会には
満ちています。だから教会には、世にはない希望があります。
 アメリカ・サンディエゴ教会のお嬢さんにEちゃんがいます。彼女は自閉症な
どの病にあり、じっとしていられず、野獣Eと呼ばれていました。
 しかし、教会に繋がることによって神さまは「賛美の賜物があります。賛美さ
せなさい」と語ってこられました。そして、そこからいやしが始まりま した。
年を重ねるほどうまくなり、平行して解放が進み、今や立派なゴスペルシンガー
です。
 さらに教会では、治らない病がいやされるというみわざがあちこちで起こって
います。いやしだけではなく、その弱いところに突出した才を注ぎ、栄 光を現
してくださっています。神のいやしは、多くの方の希望となっています。
 このように世が与えることのできないものが教会にはあります。先ほどのいや
しの証し(体験談)はまだほんの小さな一例です。これからも神さま は、不可
能を可能にする全能のみ手を大きく動かしてくださいます。
 あなたが持っている問題も神さまは解決してくださいます。教会には希望があ
るのです。こういう訳で私たちは教会に繋がりましょう。神さまはあな たの涙
も祈りも、すべてご存じです。すべては必ず逆転します。信じる力を頂いて教会
に繋がり、神さまの奇跡の祝福を受けていきましょう。
 
(イスラエル北野)

み声新聞2014年12月14日号(第810号)より転載—

2014年12月3日水曜日

脱出の道
 先日、北海道聖会が行われました。今回は各教会でイスラエル宣教チームのダ
イジェストムービーを視聴することになったので、娘のパソコンを借 り、動画
をダウンロードして準備しました。そして、ついでに使わなくなったファイルを
掃除してくれるよう娘に頼み、安心して出掛けました。
ところが、聖会会場到着直前になって、ある思いが来たのです。娘が今回使う動
画を間違えていっしょに捨ててしまったのではないかという思いです。
あり得る、と私たちは思い、早速確かめてみるとその通りパソコンの中は空っぽ
でした。一瞬目の前が真っ暗になりました。全聖会でムービーを見るので、これ
はあってはならない失敗です。
私たちは、このことが許されたことをまず主に感謝しました。そして、再びダウ
ンロードを始めました。ところが会場の電波状態が悪く、自宅なら5分で終了す
るはずが、残り30分の表示から、うんともすんとも動かず、もう駄目かと諦めか
けていました。
するとその時、突然夫がパソコンを抱えて走り始めました。電波状態が良い1階
に行き、そこでダウンロードし、さらに部屋に戻り作業を続けたところ、視聴す
る4分前にはすべての手続きが完了しました。あたかも何もなかったかのよう
に、ことは進んだのです。
コリント人への手紙第一1013節には「神は真実な方ですから、あなたがたを、
耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられ る
ように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます」と書かれています。問題
があったとしても諦めるのは、早いです。主に信頼することを学んで いきま
しょう。
 
(イスラエル北野)

み声新聞2014年12月7日号(第809号)より転載—