2018年7月18日水曜日

祈りの格闘

 以前「祈りのちから」(原題:War Room)という映画を見ました。クローゼットを祈りの部屋にして、神さまと格闘し、素晴らしい解決を見ていくという映画です。八方手を尽くしたが何の解決もない状況になった人々が、神による解決に心を定め、祈りに向かう格闘の部屋です。
 祈りの格闘と言えば、真っ先に出てくるのはヤコブです。ヤコブは兄エサウを欺き、長子の権利を横取りしました。そんないきさつがあったので、郷里に帰るにおいて、ヤコブは兄エサウを恐れていました。兄が迎えに来ると知ると、もうどうすることもできなくなって、ヤコブはヤボクの渡しで自分の家族や持ち物を先に行かせ、一人残って、ある人と格闘します。
 それは受肉前のキリストとも言われています。夜明けまで格闘すると、その人は勝てないと見てとって、ヤコブのもものつがいを打ちました。
 「私を去らせよ。夜が明けるから」とその人は言いました。しかし、ヤコブは「私はあなたを去らせません。私を祝福してくださらなければ」と粘ります。
 その人は「あなたの名は、もうヤコブとは呼ばれない。イスラエルだ。あなたは神と戦い、人と戦って、勝ったからだ」と語り、祝福されました(創世記322428節参照)。
 ヤボクの渡しは、ヤコブにとってのウォールームだったのです。ヤコブは祈り切りました。
 私たちもまた、どうすることもできないような状況にある時、ウォールームに行きましょう。聖書にはこのように書かれています。
 「あなたは、祈るときには自分の奥まった部屋に入りなさい。そして、戸をしめて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます」(マタイの福音書6章6節)
(イスラエル北野)

み声新聞2018年7月22日号(第999号)より転載—

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