2013年8月7日水曜日


栄光の現れ
 引っ越しを終え、新しい家に住みましたが、ちょっとした問題がありました。
床に敷き詰められているカーペットが古いせいか、私の足に、歩くたび に繊維
が刺さって痛い思いをしています。小さなささくれですが、痛みは一人前で、思
わず聖書のあの箇所を思い出しました。
 コリント人への手紙第一12章です。「あなたがたはキリストのからだであっ
て、ひとりひとりは各器官なのです。(中略)もし一つの部分が苦しめ ば、す
べての部分がともに苦しみ、もし、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がと
もに喜ぶのです」とあります。
 私の足の傷は、小さな一器官ですが、私全体に及ぶほど痛いのです。これはあ
る真理を突いています。一部が傷めば全体が痛いのです。それは個人に おいて
だけでなく、社会や教会の中での私たちにも同様です。自分は全体の中で、どこ
に属するかということ知っていることは一致と調和、さらに祝福 において重要
です。
 先日、白馬キャンプにてゴスペルグループコンテストが行われました。そのヤ
ング部門で優勝したEちゃんは自閉症でした。特に多動症の症状が強 かったそ
うで、幼少のころは、少しも目をはなすことができなかったそうです。しかし、
神はその彼女の上に、ゴスペルシンガーとして非凡な突出した 才を注がれまし
た。並行して病も癒やされ、今や、彼女は私たちの驚嘆の的、神の栄光の現れと
なっています。
 教会はキリストのみ体です。教会に属する時、キリストの恵み、キリストの祝
福が注がれていきます。
 私たちはみな、互いに各器官です。必要とされてない人は一人もいません。あ
なたもまた、なくてはならない人なので す。  (イスラエル北野)

 
み声新聞2013年8月11日号(第740号)より転載—

0 件のコメント:

コメントを投稿